これは実務上の備忘録です。専門的な内容が多いので、一般の方は読んでもあまり参考にならないかもしれません。

繰延資産とは

繰延資産とは、会計上「すでに代価の支払が完了し又は支払義務が確定し、これに対応する役務の提供を受けたにもかかわらず、その効果が将来にわたって発現するものと期待される費用」と定義され、法人税法上は下記のような規定となっています。

[法 第二条第二十四号]
繰延資産:法人が支出する費用のうち支出の効果がその支出の日以後一年以上に及ぶもので政令で定めるものをいう。

[令 第十四条]
法第二条第二十四号(繰延資産の意義)に規定する政令で定める費用は、法人が支出する費用(資産の取得に要した金額とされるべき費用及び前払費用を除く。)のうち次に掲げるものとする。
一 創立費(略)二 開業費(略)三 開発費(略)四 株式交付費(略)五 社債等発行費(略)六 前各号に掲げるもののほか、次に掲げる費用で支出の効果がその支出の日以後一年以上に及ぶものイ 自己が便益を受ける公共的施設又は共同的施設の設置又は改良のために支出する費用ロ 資産を賃借し又は使用するために支出する権利金、立ちのき料その他の費用ハ 役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用ニ 製品等の広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用ホ イからニまでに掲げる費用のほか、自己が便益を受けるために支出する費用2 前項に規定する前払費用とは、法人が一定の契約に基づき継続的に役務の提供を受けるために支出する費用のうち、その支出する日の属する事業年度終了の日においてまだ提供を受けていない役務に対応するものをいう。

繰延資産の償却開始時期について

資産計上した繰延資産の償却限度額の計算をどの時点から開始するかについて、施行令第64条において下記の通り規定されています。赤字の部分を文理解釈すれば、繰延資産の償却限度額の計算は、「支出をする日」から行うことになります。

もっとも、支出の日と、支出の効果が及ぶ日が同日であれば問題はないのでしょうが、実務的にはそういうケースばかりではありません。例えば、不動産の契約期間の更新に係る更新料の支払日などは、一般的に効果の及ぶ日(更新期間の初日)よりも前になります。

例えば、10月1日から2年更新する事務所の更新料30万円を9月25日に支払った場合、償却を9月から初めて問題ないのでしょうか?
某サイトのQ&Aでは、複数の税理士から「問題ない。なぜなら法令にそう規定されているから」との回答が寄せられていました。

しかし、これが認められるのであれば、決算日が8月末の会社が9月25日ではなく、8月25日に支払って償却をスタートさせることも認められるものなのか?金額が20万円未満なら全額損金にできるのか?これが8月ではなくて、何ヵ月も前に行われていても損金算入できるのか?という疑問がわいてきます。

[令 第六十四条]
法第三十二条第一項(繰延資産の償却費の計算及びその償却の方法)に規定する政令で定めるところにより計算した金額は、次の各号に掲げる繰延資産の区分に応じ当該各号に定める金額とする。
一 第十四条第一項第一号から第五号まで(繰延資産の範囲)に掲げる繰延資産 略二 第十四条第一項第六号に掲げる繰延資産 その繰延資産の額(当該繰延資産が適格合併、適格分割、適格現物出資又は適格現物分配(以下この号及び第三項において「適格組織再編成」という。)により被合併法人、分割法人、現物出資法人又は現物分配法人(以下この号及び第三項において「被合併法人等」という。)から引継ぎを受けたものである場合にあつては、当該被合併法人等における繰延資産の額)をその繰延資産となる費用の支出の効果の及ぶ期間の月数で除して計算した金額に当該事業年度の月数(当該事業年度がその繰延資産となる費用の支出をする日の属する事業年度である場合にあつては同日から当該事業年度終了の日までの期間の月数とし、適格組織再編成により被合併法人等から引継ぎを受けた日の属する事業年度である場合にあつては当該適格組織再編成の日から当該事業年度終了の日までの期間の月数とする。)を乗じて計算した金額2 略3 略4 第一項及び前項の月数は、暦に従つて計算し、一月に満たない端数を生じたときは、これを一月とする。

[令 第百三十四条]
内国法人が、第六十四条第一項第二号(均等償却を行う繰延資産)に掲げる費用を支出する場合において、当該費用のうちその支出する金額が二十万円未満であるものにつき、その支出する日の属する事業年度において損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。

[法 第三十二条第一項]
内国法人の各事業年度終了の時の繰延資産につきその償却費として第二十二条第三項(各事業年度の損金の額に算入する金額)の規定により当該事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入する金額は、その内国法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額(以下この条において「損金経理額」という。)のうち、その繰延資産に係る支出の効果の及ぶ期間を基礎として政令で定めるところにより計算した金額(次項において「償却限度額」という。)に達するまでの金額とする。

しかしながら、法人税基本通達8-3-5では、支出日からの償却を認めない場合の例が示されています。この通達は同じものが所得税にもあるのですが、こちらの解説として『繰延資産のうち固定資産を利用するための費用は、その支出の効果は固定資産の利用の時から生ずるものであるから、償却開始時点は、その固定資産の利用開始時とするのが建前であるが、この種の固定資産を利用するための負担金は、その負担金をもって建設に着手される場合が多いことを考慮して、その建設に着手した時点から償却を開始してもよいことを明らかにしている(大蔵財務協会「所得税基本通達逐条解説」より)』と書かれています。

[法人税基通8-3-5]
法人が繰延資産となるべき費用を支出した場合において、当該費用が固定資産を利用するためのものであり、かつ、当該固定資産の建設等に着手されていないときは、その固定資産の建設等に着手した時から償却する。

これが、固定資産の利用開始時ならスッキリとするのですが、固定資産の建設等に着手した時から償却できるというのは、どういう理論構成なのかよく分かりません。
ただ、税務当局は、支出さえしていれば償却開始や損金算入できると考えているわけではないということが分かります。

もっとも、実務上は1月程度の誤差であればそれほど問題になることはないでしょう(仮に調査官に突っ込まれても法令に「支出の日から」と明確に書かれているので、冷静に反論すればそれ以上は何も言ってこないと思います)。

未払経理について

逆に支出の効果が及ぶ日よりも支出した日が後になった場合、未払計上することは認められるのか?その場合の償却開始日はいつになるのか?との疑問が生じます。
実際に支出するまで償却が認められないとすると、仮に未払計上できても税務上は意味がないことになります。

企業会計における繰延資産は、「すでに代価の支払が完了し又は支払義務が確定し、」の表現から、未払計上を想定していることが読み取れます。

[繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い]
繰延資産の考え方については、企業会計原則注解(注15)に示されている考え方(すでに代価の支払が完了し又は支払義務が確定し、これに対応する役務の提供を受けたにもかかわらず、その効果が将来にわたって発現するものと期待される費用)を踏襲する。

税務上は、法人税基本通達の8-3-3で、分割払いのケースについて、「原則として未払計上はできないが、分割期間がおおむね3年以内の場合は未払計上できる」との見解を出しています。

[法人税基通8-3-3]
法人が令第14条第1項第6号〈公共的施設の負担金等の繰延資産〉に掲げる繰延資産となるべき費用の額を分割して支払うこととしている場合には、たとえその総額が確定しているときであっても、その総額を未払金に計上して償却することはできないものとする。ただし、その分割して支払う期間が短期間(おおむね3年以内)である場合には、この限りでない。

であれば、10月1日から2年更新する事務所の更新料30万円を11月に支払った場合、10月末に決算の会社がこの繰延資産を未払計上して、1月分だけ償却費を損金算入しても問題ないのでしょうか?

前述の通り、法令には明確に「支出の日から」と書かれていますので、法律構成が少し難しいような気がしますが、通達にOKと書かれていますから、税務調査では「通達に書いてあるので」と説明することになるでしょう。
調査官の中には「その通達は分割払いのケースです」と反論してくる人もいるかもしれませんが・・・

あくまで私的見解になりますが、分割払いだと未払計上OKで、一括払いの場合に未払計上を認めないとする合理的根拠はないと思いますので、償却計算を開始しても問題ないものと思います。

ただし、支払額が20万円未満の場合の全額損金算入の取り扱いに関しては、見送った方が無難でしょう。理由はこの制度の適用要件として「その支出する日の属する事業年度において損金経理をしたときは、」と規定されているからです。従って、この制度の適用を受けたい場合は、支出の効果が生じていても未払計上を行わないようにする必要があります。

まとめ

繰延資産について、いくつか気になる点がありましたので備忘録も兼ねて記事にしてみました。
今後、追加の文献等が見つかれば内容を適宜加筆修正していこうかと考えています。